溶離液中の炭酸のpH 緩衝力を超えて陰イオン濃度が増えることにより,電気伝導度変化に対する水素イオン濃度の寄与の度合いが変化するためです。
上記の条件において,横軸に成分の濃度,縦軸に電気伝導度のレスポンス (またはピーク面積値)をとってプロットを行うと,高濃度側で「反り上がる」ような曲線となります。
下図は塩化物イオンについてこのプロットを行った例で,左側が計算から求められたもの,右側が実測です。なお,実測の方で低濃度側が直線から逸脱しているのは,測定誤差が相対的に大きくなったからです。
このようになる理由は,以下のように説明できます。
サプレッサによって溶離液中のナトリウムイオンが完全に除去された状態では,溶離液中の炭酸と分析対象成分 (この場合は塩化物イオン),そして水素イオンだけがその場に存在するイオンということになります。また,電気的中性の法則により,陰イオンの総量と陽イオンの総量は同じでなければなりません。つまり,陰イオンの濃度が増えたら,それにつれて陽イオンの濃度も増えていくのです。
炭酸は弱酸なので,ナトリウムイオンが完全に除去された状態であっても,そのpH は4.5 付近 (理論値) となります。炭酸の濃度が増えても,そのほとんどが非解離 (H2CO3) で存在するため,pHはそれ以上下がりません。一方,塩化物イオンは強酸なので,その濃度が増えるにしたがって水素イオンの濃度も増え,pH はどんどん酸性になります。
水素イオンは当量電気伝導度,すなわち電気伝導度を引き上げる力が他のイオンよりも大きいため,その濃度が増大すると電気伝導度も増えていきます。塩化物イオンの濃度が小さいときは,炭酸のpH 緩衝力が働くため,増加した水素イオンの一部は炭酸の解離平衡によって吸収され,電気伝導度変化へ寄与は相対的に小さくなります。しかし,塩化物イオンが炭酸と拮抗するほど高濃度になってくると,炭酸の解離平衡によって吸収される分がなくなりますので,水素イオンの濃度増加分がそのまま電気伝導度変化に寄与することになります。
その結果,上図のような「反り上がった」検量線が得られるわけです。
以上より,例えば10 mg/L と20 mg/L の2 点で検量線を引いて,0.01 mg/L レベルの試料を定量しようとしたら,とんでもない結果が得られることが容易に推察できると思います。検量線は,実際の測定濃度レベルに応じて範囲を決めましょう。